バドミントンと人生教訓

'00/07/16

僕とバドミントンの出会いは、中学1年のときである。中学3年間は、途中で止めるのは格好悪いという建前もあったが、高校に入学して、またもバドミントン部に入り、やはり3年間部活動を続けたというのは、僕がバドミントンに魅せられ、バドミントンを本当に楽しみ、また、自分が強くなっていくことや、大会で勝ち進んでいくことを楽しんでいたからに他ならない。

6年間の付き合いの中でいくつかの大切な教訓を学んだ。実際それは、大学受験のときに絶大なる威力を発揮したのである。もし僕がバドミントンをやっていなかったら、あるいは大学受験を失敗していたのかもしれないのである。

個人競技における、メンタル面の重要性

バドミントンをやっているうちに、なぜか最後の1点はなかなか得点できないという現象が起きた。最後の1点になったとたんにこちらのミスは増え、相手は信じられないような粘りを見せるのである。当然のことながら、「自分が最後の1点になってもそれを意識しない」「常にあと1点取られたら負ける」と思い込むことができれば、最後の1点で相手が見せる粘り強さを常に発揮し、また、最後の1点がなかなか入らないという現象を解消できるのでは、という結論を得、実践してみたところ、これがうまくいったのである。

そのとき初めて、メンタルを操作することで、自分のからだの能力を引き出すことができる、ということを体感したのである。

その後、多くの試合を経験する中で、「負けそうだ」と思っているときより、「勝てる」と思っているときのほうがよい動きができること、「取れる」と自分に言い聞かせたほうが敏感に反応できること、「コートに入れる」と意識したほうがアウトが少なくなることを、どれも、実際に自分のからだと心で、実験して、体感して、学んだのである。

大学受験が迫り、今度は勉強の面で自分の極限に挑戦することになった。当然僕は、バドミントンで培ったテクニックの応用を試みた。マインドコントロールに関する本を何冊か読み、より効果的な自己暗示の方法を学習した上で、それを受験勉強に利用したのである。結果は、特に数学において顕著に表れた。大幅な計算スピードの向上とミスの減少が見られたのである。

おかげで僕は、受験当日も、まったく緊張することもなく、試験に完全に集中できたのである。もう少しいうならば、当日緊張しなかった、のではなく、前日の時点で、自分は緊張しないとわかっていた、というくらい安心しきっていたのである。

試合に向けての全身の調整

メンタル面以外にも、調子を日々変化させる要因として、筋力の状態がある。たとえば、適度な筋肉トレーニングの翌日はいまいち力が入らないが、翌々日くらいには大変体が軽いといったこと、また、おなかがすいたときや食べ過ぎたときは動きづらい、極度の空腹の後に適度に食事をとると、とても元気になったように感じる、などである。

日々刻々と変化する体調を野放しにするのではなく、重要な試合のある日には、最高の調子が出せるようにコントロールできないものか。そのころたまたま耳にした「カーボローディング」という単語が、僕に答えを与えてくれた。

早速「カーボローディング」に関する本を3冊ほど読み、幸い母や姉も興味を示してくれたので協力してもらい、試合1週間前からの食事のコントロールと筋力トレーニングのメニューを組み、実践した。

結果はすばらしいものであった。気分的には今までの人生で最大の力の1割増くらい発揮できたような気がするくらい、体は軽く、早く、思ったとおりに動くのであった。その爽快感に病み付きになり、以降、校内球技大会、マラソン大会、などなど、ことあるごとにカーボローディングを実践し、どれも普段の練習を大幅に上回る能力を発揮できたのである。

脳の働きにも、実はカーボローディングは有効である。入試の1週間前から、久しぶりに体を動かしつつ、食事をコントロールし、前日はスパゲティをたっぷり食べて、10時間ほど寝た。これもやはり、当日のコンディションに大きく貢献した。

練習と体得

もうひとつのポイントは、練習を重ねるほど、自分がスキルアップしていくという実感である。まったく出来なかった技が、じっくりとあきらめずに練習をすることで、だんだんと出来るようになる。口で言ってしまえばあたりまえのことだけれども、このことをわかっていない人は多いように思う。実際、ピアノが上手だったり運動が得意だったりすることを、生まれつきの才能や、指の長さや、器用さに帰着させようとする人たちというのは、まず当人がどれだけ長時間練習を重ねてきたかという部分に気づいていない。同時に、自分も練習さえすれば同じ程度に上達できる可能性があるということを考えないのである。

僕にそれを気づかせたのは、バドミントンであった。それ以降の僕が何に対しても積極的になり、結果的に多様な知識、技術を身につけ、多趣味な人格へと変わっていったのは、一重にバドミントンのおかげといっても大げさではないくらいである。

例によって受験期にもこの経験は大いに役立った。計算スピードをアップさせようと意識しながら勉強すれば、自分ではっきり違いがわかるくらいに上がるのである。記憶力も、ひらめきの瞬発力(当時は本当にそんな感じがしていた)も、意識して観察し、向上の努力をすると、はっきりとした結果が返ってくるのである。

自分自身の向上を感じることのなんと気持ちのよいことか。

おわりに

以上、バドミントンを通して僕が学んだ人生の教訓を3つに分けて紹介した。無論、これらの教訓がバドミントンからのみ得られるなどとは思わない。僕にとってはバドミントンであったというだけのことである。ただ、それ故に、僕にとってバドミントンは他のスポーツとは一線を画した格別の意味を持っているのであって、これからもずっとずっと、大人になってもバドミントンだけはたまにはやりたいと思うわけである。